不動明王立像 ・江戸中期・金工家(濱野政随) 

不動明王立像 ・江戸中期・金工家(濱野政随) 

広漠たる。三千世界の須弥山(しゅみせん)より、大日如来の化身となり悪魔と煩悩を調伏する。 「不動尊」

外物の誘惑にみだされぬ、知恵を授かり、あだすもの一挙に破擦するという

激しい忿怒(ふんぬ)の相を満身にみなぎらせ、

すさまじい火焔(かえん)になびく。「不動尊」

息災延命を祈願し衆生済度(しゅうじょうさいど)と心の平安を願う不動信仰に、

精神的な何かにあこがれをいだく人々に不動十九観法に基づく繊細な肉合彫(ししあ

いぼり)を駆使した。江戸中期の神聖なる不動明王の姿である。「合掌」

「金エ家」濱野政随(はまのしょうずい)は奈良利壽(ならとしなが)の門人通称太郎

衛門「号』は乙柳軒(おっりゅうけん)・味墨(あじみ)・一瞬庵(いっしゅんあ

ん)その他号あり。

金エ中稀にみる所の漢学者であって、従って其別号は何(どれ)も根拠ある事なるべれども、今其出典を詳しくかにせず。老齢に及んで精巧なる眼鏡(めがね)を用いる故に如何なる微細(びさい)なる点も門人に委(まか)せず傳ふ。

「明和六巳丑年十月二十六日没」享年七十四歳  (穐峰院政随延應居士)箕輪永久寺に葬る。政随が奈良派に於いてのみならず、普(ひろ)く彫金工中に於いての巨匠たることは、故人論評に於いても更に乏(これ)を見るべく。尚ほ予(かねて)は一層之を宜揚(ぎょう)したいと思う。

明治の巨匠加納夏雄翁 日(いわ)く一種強盛の気象を現はして清楚の情自然に迸(ほとばし)る所、その特得たる所「虎嘯(とらうそぶ)けば風起こり・龍吟すれば雲を起こすと伝ふが如し」「蓋(けだ)し得易(えやす)いからざの巨匠」なり。

*お堂の建立並びにご入魂賜りましたら全身公開させていただきます。

 

 

 

 

 


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