悲劇の美女「王昭君」九谷製赤絵大皿 明治

悲劇の美女「王昭君」九谷製赤絵大皿 明治

「王昭君」(おおしょうくん)とは中国四大美人

「西施」(せいし)・「王昭君」(おおしょうくん)・「貂蝉」(ちょうせん)・

「楊貴妃」(ようきひ)の一人で悲劇の美人と知られており、

前漢時代(紀元前1世紀頃)に現在の湖北省で生まれた。

「王昭君」(おおしょうくん)はそ美しさから若くして漢の後宮に入ることに

なります。10代目皇帝の「元帝」(げんてい)の頃である。「元帝」は画家が

描く肖像画を見て後宮の女性の中から妻を探していたといいます。

そのため、多くの女性たちは、画家に賄賂(わいろ)を渡し、美しく描いて

もらいました。しかし「王昭君」は不正を嫌い賄賂(わいろ)を渡さなかった事で

醜(みにく)く描かれてしまったのです。ここから彼女の人生は狂いだしてしまう。

「政治結婚の悲劇」

漢とたびたび軍事衝突をしていた「匈奴」(きょうど)遊牧騎馬民族がおり

漢王朝は、こうした異民族対策として、宮廷の女性を「匈奴」(きょうど)の

君主に妻として差し出します。つまり、異民族が敵対心を起こさないように

するための緩和(かんわ)政策である。

「元帝」は「匈奴」(きょうど)に差し出す、女性を肖像画によって選んでおり、

( 匈奴の「単于」(ぜんう)・遊牧国家の君主) が宮廷にやって来た時、元帝

は この絵を元にして醜(みにく)い「王昭君」」(おおしょうくん)を選んで

「単于」(ぜんう)に与えます。ところが実際に合って見ると大変な美人、

そこで後悔するのですが、「単于」(ぜんう)には約束していたので仕方なく

これを妻として与えます。なぜ悲劇なのかといえば「西域](さいき)中国の

はるか西の果ての地域という、文明を遠く離れた、夷医(いてき・・野蛮な異民族

の地)に一人送られてしまう。顔立ちも異なり言葉も通じない、衣・食・住などの

文化もほとんど共通点のない所に一人連れて行かれるという別れの悲しみ。

西域に旅立つ悲哀の悲劇を品よくリアルに描かれた画像が息苦しくも涙を誘う。

 

径 39・5cm 高 6・5cm

 

 

 

選んで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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